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zoom RSS ラッシュ/プライドと友情

<<   作成日時 : 2014/02/20 19:46   >>

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「ラッシュ/プライドと友情」を観て来ました
※ネタバレ注意です

1976年8月
ドイツGPのスターティンググリッドで視線を交わす二人のドライバー
宿命のライバル同士であるニキ・ラウダとジェームス・ハントである
前年王者のラウダは1976年もポイントを積み上げ、早々とチャンピオンを決めそうな勢いだった

遡ること6年前
イギリスのF3で人気レーサーだったハントの前にある新人ドライバーが現れる
レースでその新人ドライバーに苦しめられるハントだったが辛くも勝利
新人ドライバーはハントの荒っぽいドライビングに抗議するが軽くあしらわれてしまう
それが新人ドライバーのニキ・ラウダとジェームス・ハントの出会いだった
その後ラウダは自分自身で資金を調達しF1のシートを確保
理論派のラウダは並々ならぬメカの知識で車体設計に口出しし疎まれるがそのマシンは速さを増して一目置かれるようになる
かたやハントはレース前日にも酒をあおり女性とベッドを共にする感覚派のドライバー
ラウダを追うようにF3時代からのスポンサーで貴族のヘスケス卿の資金を後ろ盾にF1参戦を果たす

1975年
ニキ・ラウダは名門フェラーリに籍を置きワールドチャンピオンへと昇り詰める
一方のハントはヘスケスが資金難で撤退、F1浪人になってしまい荒れる日々
妻のスージ−とも不仲となってしまうが、なんとか強豪マクラーレンのシートを確保する
翌1976年
ポイントを重ね逃げるラウダを必死に追うハント
迎えたドイツGPは折からの悪天候によりレース開催か中止かのドライバーミーティングが開かれる
「雨のレースは危険だ」と中止を求めるラウダに対しハントは「チャンピオンシップで自分が有利になるからだ」と開催を主張、他のドライバーもハントに賛同しレース開催となる
雨の中スタートしたラウダとハント
タイヤチョイスをミスした二人は早々とピットに入りタイヤを交換するがラウダ陣営はタイムロスしてしまう
差を詰めるべく猛追するラウダだがクラッシュし炎上、瀕死の重傷を負ってしまう
ハントは優勝するがラウダがクラッシュしたことに対し自責の念にとらわれる
レース復帰が絶望的と言われるラウダをよそに着実にポイントを重ねていくハント
そんなハントの姿をラウダは過酷な治療を受けながら病室で見ていた
そして事故から42日後イタリアGPに姿を現したラウダは復帰を宣言する
二人のチャンピオン争いはわずかなポイント差で最終戦F1世界選手権イン・ジャパンにもつれ込む
決戦の舞台富士スピードウェイは折からの悪天候の中決勝レースを迎えることになる・・・



長い歴史を持つF1
その中ではしばしばドライバー同士のライバル関係に注目が集まります
ワタシらの世代では「セナ・プロ対決」と言われたアイルトン・セナとアラン・プロストが真っ先に思い浮かびます
本作はそんなF1を舞台に実在のドライバーのライバル関係を描いた作品です

冷静沈着の理論派でマシン作りにも口出しするニキ・ラウダ
速く走ることも重要ですがシーズン通してのチャンピオンシップの戦い方も重視するどちらかというと渋いタイプのドライバー
一方のハントは感覚派というのかとにかく毎レース速く走ることが第一でそうすればチャンピオンは後から付いてくるといった感じのドライバー
女性に対する態度もそんな性格が表れているのかふとしたきっかけで出会った恋人マルレーヌと着実に愛を育み結婚するラウダに対し、派手な浮名を流しモデルと結婚するもうまくいかず別れてしまうハント
そんな二人は意見も対立しますが心の内では相手をリスペクトしている姿が描かれます
実際馬が合ったらしくF1の世界では数少ない友人同士だったとか

76年当時のF1を描いたレースシーンも迫力満点
数々の実車が画面に映るのもファンには堪らないところでしょうか?
6輪のタイレルP34もちらっと映ってますね

最終戦の富士で雨が危険と判断しレースを止めたラウダ
このことがエンツォの怒りを買いチームとの確執の原因になったとか
翌1977年にはチャンピオンを決めるとフェラーリを離脱してしまいます
その後釜に座ったのがあのジル・ヴィルヌーブ
そして迎えた最終戦の富士でそのヴィルヌーブのマシンが“飛んだ”のは衝撃的なニュースで、死傷者も出す惨事となってしまいました
新聞の一面に垂直になって宙を舞うフェラーリのF1マシンが掲載されたのを憶えていますね

ハントについてちょっと調べたのですが、1976年にチャンピオンを獲ったハントはその後マシン性能に左右されるF1に興味を失いF1解説者に転身、1993年に45歳の若さでこの世を去りました
解説者時代は1978年のイタリアGPでロニー・ピーターソンが亡くなった事故に関して原因と噂されたリカルド・パトレーゼを存命中は酷評し続けたとか
本当の原因はフォーメーションラップ後に各車がグリッドにつき終わらないうちにスタートし、後方のマシンのスピードが落ち切らないまま前方の車に接触したということのようです
そんなスタート時の事故の話を聞いて思い出すのが1998年の全日本GTの富士
雨の中ペースカー先導のローリングスタートで1周目が終わったところ後方のGT300のマシンがスタートが切られたと誤解し加速、前方のマシンに追突し多重クラッシュが発生
この中で太田哲也のフェラーリが火だるまとなり瀕死の重傷を負った事故
ほとんど視界がない状態での事故でしたが、雨の富士というところで1976年の最終戦と被ります

一方ニキ・ラウダは
1979年に一度引退しますが1982年にマクラーレンから復帰
ターボ時代となった1984年にチームメイトのアラン・プロストとチャンピオンを争い、見事ワールドチャンピオンに
現在はメルセデスのF1チームに関わってますね

なんか映画じゃなくF1やレースの話になってしまいましたが見応えのある作品になってます
F1の知識があるとより楽しめるのは言うまでもありませんが、人間ドラマとしても楽しめる作品ですね

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